2010年3月15日月曜日

雪の首都機場

 3/14、北京国際空港(首都機場)には12:30頃早めに到着し、楽器の通関などを済ませて出発までの時間をゆっくり過ごしました。特に遅延のインフォメーションもなく、搭乗も予定どおりの時間に。しかしここからなんと3時間、機内で待機となったのです。管制塔からは乗客・機材を積み込んだ状態での待機を指示されているということでしたが、いつ出発できるのかという情報がないとのこと。過ぎていく時間の中で乗客の混乱は特にありませんでしたが、こういうときの客室乗務員の仕事はなかなか見事なものだと思ったのでした。笑顔で乗客の混乱を食い止めているかのようにも思うのでした。しかし待機も2時間をだいぶ過ぎ、機長のアナウンスの中に成田空港の使用時間が23:00までの制限であるという言葉があったときは動揺しました。あと20分で出発できなければ今日は飛べないというわけです。成田についてからのトラックの手配の変更など、帰国後のもろもろをどう手当てするか。結局飛行機は飛び、成田には23:00前に到着。乗客用に何方向かのバスが用意され、メンバーはそれぞれそれで。私は待機してくれていたトラックに楽器を積み込むなどして、帰宅したのは25:00すぎ。何はともあれホットしたのでありました。

北京は雪に

 帰国の日(3/14)。朝、窓のカーテンを開けると雪景色でした。前日まではさほどの寒さではなかったのですが、さすが北京というべきか、東京でも桜の前に雪が降ることもありますので、春間近のこの頃の気象といえるかもしれません。東京公演当日(3/9)が雪でしたが、ここでは公演翌日の雪。今回のコンサートシリーズは雪の印象で特別に記憶されることでしょう。

故宮の壮観

 故宮観光は今回で2度目ですが、あらためて圧倒されました。ここは「太和殿」前ですが、映画「ラストエンペラー」を思わせる壮観です。紫禁城と呼ばれた時代、皇帝や一族はどのような日々を送っていたのでしょうか。

天安門のおのぼりさん

 地下鉄「天安門東」駅で降りて天安門に行きました。この日は土曜日(3/13)ということもあって、内外の観光客で溢れていました。我々もおのぼりさんよろしく、人ごみの中にとけこんだのでありました。

地鉄に乗って

 ホテルから10分程のところに地下鉄「北新橋」駅があり、天安門や王府井に行くのに便利でした。地下鉄はここでは「地鉄」と呼ばれ、地上の入り口の看板は「地鉄 BEIJING SUBWAY」です。北京の地下鉄は最初の路線が1969年にできているようですが、やはり北京オリンピックを機に建設と整備が計画されていまの路線網ができあがったたようです。私の初めての中国体験は1983年でしたが、そのときは地下鉄を利用することはありませんでしたし存在も知りませんでした。料金は、機場線(空港線)を除いてすべて2元ですから安くて便利です。

北京公演・国家図書館音楽庁


(入念なリハーサル)

 北京公演本番の日(3/12)、ステージではいつもどおりのリハーサルが行われました。3日前に東京公演があったばかりとはいえホールが違いますので響きの点検も必要ですし、常に準備をしてお客さまに喜んでいただこうとする姿勢が基本でなければなりません。その甲斐あって、ここでも満員のお客さまの熱烈な拍手を受けることができました。特に新曲の「<みだれ>による幻想的協奏曲」(秋岸寛久作曲)は、「日本らしさを意識することなく自然に日本人しか書けない音楽を生み出すことができれば最高です」という作曲者の思いがよく表現された演奏で、この楽団の存在感を示すところとなりました。

華僑飯店

 3/11(木)、成田発JL781。東京公演(3/9・紀尾井ホール)から中一日おいて北京に移動。3/12に同一内容の引越し公演を開催します。ホテルは華僑飯店という、胡同(フートン。明の時代から続く庶民の住宅街)の中程にあるリーズナブルなホテルです。地下鉄の北新橋駅から乗れば王府井(ワンフーチン)や天安門にも簡単に行けるし、深夜まで営業している食堂街も近くにあり、困ることはありませんでした。